春爛漫ですね。
訪問歯科衛生士の赤松です。
いがらし歯科医院では、通院が困難になられた患者さんのご自宅やお暮しになっている施設(老健・特養・グループホーム・ホスピス等)に訪問して必要な歯科治療や専門的口腔ケアを行っています。
歯科医院から外に出ていると、患者さんではなく生活者としての声やお気持ちを受け取る場面が数多くあります。とてもありがたいことです。
訪問先の施設等で口腔ケアを行っていると、
その様子を見ておられるかたから
『○○さんは歯が残っているからケアをしてもらっていいわね』
『でも私はホラ、総入れ歯だからね、もう必要ないわね』
『入れ歯の洗浄剤を毎日使っているのでそれで十分』
『歯が無いと手入れがラクよ』
などといったお話を耳にすることがよくあります。
入れ歯は痛ければ歯医者さんに診てもらう。何ともなければもう歯科受診は必要ない。
入れ歯は食後に水で洗い、洗浄剤も使っているのできれいです。
お口の中は歯がないのだからうがいだけで大丈夫。
歯が一本も無くなってしまったら定期的な歯科の診察や専門的な口腔ケアは必要ない。
面倒な毎日の歯磨きから解放され、気楽になった。
うんうん。そんな気になるのもわかる気がするし、
そうだったらいいのになぁ…。
しかし現実は、実際の口腔内は、どうだと思われますか?
ごめんなさい、ちょっとイヤな話になるかもしれません。
食後、水で洗っただけの義歯の表面は、数時間で義歯性プラークといわれるバイオフィルムに覆われます。
指で触るとヌルヌルするものです。
バイオフィルムは洗浄剤にちゃぽん、と浸しただけでは除去できません。
汚れた義歯が直接触れている粘膜面は、床ずれのように赤く潰瘍状態になったり、カンジダ菌が増殖してきます。
義歯の汚れは、ブラシと水でゴシゴシと清掃し表面をくまなく指で触って全部ツルツルするまで行います。機械的清掃です。
その後に洗浄剤に浸漬することではじめて洗浄効果が発揮する。化学的清掃です。
義歯の洗浄にはこの両方の洗浄が毎日必要になるんです。
毎食使う義歯は毎食使う食器と同じ。清潔で気持ちよく美味しく食べて頂きたいです。
歯科の介入がなかった方のお口は、とても汚れた環境になっていることがほとんどです。
義歯を入れっぱなしで、食べかす(食物残渣)やベタベタしたプラークが分厚く肥厚した状態や、粘膜に傷や炎症があっても自覚症状が乏しいことがとても多く見られます。
私達の行う専門的口腔ケアでは、粘膜面の清掃も行っています。
粘膜面の清掃とは、舌苔の除去や、頬・口唇の内側の粘膜、場合により口蓋や咽頭付近の汚れ(痰などの分泌物や食物残渣)を除去することです。
そう、歯が無くなっても、お口の中の柔らかい組織に食物残渣や細菌による汚れが付着するんです。
でも、なかなかご自分で自覚されたりご家族様が気が付くことは困難。
いったい誰がこの状態を見つけるのでしょうか。
『専門的な歯科の介入が絶たれたお口の中はブラックボックスになる』
摂食嚥下リハビリテーション学会 植田耕一郎先生の言葉です。
私が訪問歯科衛生士を始めたきっかけのひとつです。
入院 入所等をきっかけに、これまで歯科受診で行っていた専門的にお口を診るという役割はどなたがするのでしょう。
入所先、入院先の介護・看護職員さんがお口のケアを担当されるケースは多いと思います。口腔ケアの研修を受けておられる職員さんもおられます。
しかし必要性を理解しながらも日々のたくさんのケアの中では、お口のケアにかけられる時間は限られているのが現状だと感じます。
狭く暗いお口の中を、ライトで照らし、ミラーで隅々を確認しながら お口の衛生を業務とし、些細な変化を確認するのは やはり専門分野を学んだ私達、訪問歯科の仕事なんです。
せっかく時間をかけてキレイにした口腔も数時間後にはまた汚れてきます。
といっても無駄なことではありません。
口腔を清潔にすることで全身の健康、疾病予防につながることは周知のとおり。
何より気持ちの良いお口を感じ、お元気だったころの『ボディイメージ』を取り戻していただければ幸いです。
ご自分の歯を失いたとえ総義歯になっても、おくちから食べることが困難になっても 定期的な歯科診察と専門的口腔ケアの機会を失わないようにしてくださいね。